【社長のひとりごと】市場で買えない調整力を、揚水でどう埋めるか──中国エリアの選択を読む

 昨日(5月29日)、中国電力ネットワーク株式会社から、需給調整市場検討小委員会向けの資料が公表されました。タイトルは「中国エリアにおける2026年度の揚水随意契約について」。夜にじっくり読みました。「揚水随意契約」という耳慣れない言葉が入口にありますが、中身は再エネ・蓄電所側に立つ私たちが今いちばん見ておくべき話だと思っています。

そもそも「揚水」とは──巨大な”水の電池”

 まず「揚水」を素人向けに整理します。揚水発電所は、山の上と下に2つの貯水池を持つ施設です。電気が余る深夜や休日に余剰電力で下池から上池へ水を汲み上げ、電気が足りない昼や夕方に上池から落として発電する。一言で言えば「巨大な水の電池」です。

 価値は「速さ」にあります。起動から定格出力到達まで数分。出力調整も機敏で、刻一刻と変動する需給バランスに合わせて応答できる。これが「調整力」と呼ばれるサービスの中身です。

 日本は世界有数の揚水大国で、合計約2,700万kWの設備を持ちます。ただし新設は河川法・用地確保・環境影響評価のハードルが高く、実質的に新規開発はほぼ不可能。既存設備をどう活かすかが論点になっています。

何が起きていたのか──制度変更が重なって市場が痩せた

 資料の前半は、ここ数か月の中国エリア調整力市場で起きた変化を、数字で並べています。順に噛み砕きます。

 制度の側で2つの変更が同時期に重なりました。1つ目は、2026年度から始まった募集量の見直しです。TSO(送配電会社)が市場で集める「調整力の必要量」の見立てが、これまで安全側に厚めに置いていた「3σ」基準から、平均に近い「1σ」基準に絞られました(一次調整力・二次調整力①が対象)。同時に、余力がある時間帯に募集量を減らす「自然体余力控除」も終了し、複合商品の募集量はむしろ前年より増えています。

 2つ目が、より大きな変化でした。2026年3月14日、卸電力市場で「複合市場の前日取引化」が始まったのです。複合商品とは、二次・三次の調整力など複数の商品を束ねた枠組み。これが前日に取引されるようになったことで、火力等の余力電源は「翌日分まで前日のスポット市場で売り切る」動きが強まりました。結果、より直前で動く需給調整市場には、応札する余力が回りにくくなったのです。

 数字がそれを物語っています。複合商品で応札量が募集量に届かなかった時間帯(コマ)の割合は、前日取引化の前(3月1日〜13日)の22%から、直後(3月14日〜31日)には78%へ。4月も78%、5月(5月20日時点)も75%と高止まりが続いています。調達単価も、4月平均で前年同月の2.5円/ΔkW・h から 4.5円/ΔkW・h へ、ほぼ2倍に上昇。レベニューキャップ申請単価(4.4円)に並ぶ水準です。

 そして資料は、これがまだ「需給が緩む春」の数字だと釘を刺します。夏冬の需給ひっ迫期や、一次調整力に供出可能な火力電源の約半分が定期点検で止まる秋を控え、このままでは「市場で買えない調整力」が常態化する見通しと書かれています。SNS上では業界関係者から「需給調整市場崩壊まっしぐら」「次は北陸か、四国か、九州か」という声も早くも上がっていました。一エリアの話に見えて、構造としては他エリアでも同じことが起きうる──そう読まれているわけです。

中国電力NWの一手──揚水15万kWを直接借りる

 この需給調整市場の不安定化に対し、中国電力ネットワークが提示したのが「揚水随意契約」です。

 契約容量15万kW、契約期間は契約締結時から2027年3月31日までの単年度。揚水機の運用権をTSOが借り受け、調整力として直接活用します。想定単価は約0.5円/ΔkW・h。市場のレベニューキャップ申請単価(4.4円)の約9分の1という水準です。

 2026年6月からの開始を前提に、複合商品の調達ポートフォリオは「需給調整市場54%、揚水随意契約36%、余力活用11%」へ移行します。要するに、市場で買い切れない分の3分の1強を、揚水で直接埋めに行く構図です。資料は「市場参加機会への影響は限定的」「不合理に安値札を不落としない」と説明し、新規随意契約を希望する事業者向けの問合せ窓口も用意するとしています。

系統用蓄電所側からどう読むか

 系統用蓄電所事業者の立場から、この資料はいくつもの示唆を含んでいます。

 1つ目に、揚水と系統用蓄電所は「秒〜分単位で機敏に応答する調整力」という意味で機能がかなり重なります。揚水がTSOの直接調達で押さえに行く間、市場価格の上ぶれは抑えられ、蓄電所が需給調整市場で取れる収益機会は当面しぼむ可能性があります。

 2つ目に、しかし揚水は河川法・用地・環境影響評価の壁で新設がほぼ困難。既設の運用にも上限があります。需給調整市場の歪みが構造的なものなら、この役割は中期的には系統用蓄電所に降りてくるはずです。今は「TSOが揚水で時間を稼ぐ短期局面」と「蓄電所が同じ枠を分散で取りに行く中期局面」の移行期と読めます。

 3つ目に、業界関係者からはすでに「次は北陸か、四国か、九州か」という声も上がっていました。揚水を持たないエリアでは、この役を最初から系統用蓄電所が担う未来が、想定より早く来るかもしれません。

“水の電池”と”電気の電池”

 ”水の電池”がもう一度前線に戻ってくる数年間に、私たちは”電気の電池”をどこまで束ねられるか。中国電力ネットワークの11ページの資料は、再エネ事業者にそういう宿題を置いていったように思います。

(参考資料:中国電力ネットワーク株式会社「中国エリアにおける2026年度の揚水随意契約について」2026年5月29日公表/資源エネルギー庁・公表資料PDF

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